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東堂家編 4.祓詞

last update publish date: 2026-08-19 21:22:35

 ――真神マガミが引っ込んだと思ったらとーるちゃんかよ……。

 御門みかどは口には出さずに、そう思うと亨とおるに抱きついた。

「どったの?とーるちゃん」

 なぜか真神は亨がいると姿を現さない。御門の中から話しかけもしない。

 御門は亨と出会い、真神が取り憑いてから初めて静かに過ごせる幸せを噛み締めていた。

 何せあのバカ犬ときたら、すぐに腹が減っただの、散歩に連れて行けだの、早く次の付喪神を探せだの四六時中話しかけてきてうるさいったらない。

 だから御門は亨を自分のマンションの空き部屋に住まわせることにした。

 それは非常に効果的だったが、一つ弊害があった。

 亨は思いの外真面目な性格だった為、御門が朝まで飲み歩いたり夜中に女をひっかけて連れ帰るのをよく思っておらず、事あるごとに小言を言われるのだった。

「鎧通しよろいとおしがこの家の裏で見つかりました。――被害者は東堂の妻です」

 亨の言葉に御門は鎧を見た。横に立てかけられた刀掛けにあるべき鎧通しが消えていた。

「本体はそっちだったのか――」

 御門は舌打ちして亨の案内で現場に向かった。

 現場では東堂の妻が倒れており、その横には鎧通しが禍々しい気配を放って捨てられていた。

「なんで頼子が……」

 御門と亨のただならない様子を見て着いてきた東堂は、血を流して妻に駆け寄ろうとしたが、御門が制した。

「奥さんはさっきいなかったよな?」

 御門の質問に東堂は頷いた。

「マキさんがあんなことになって、妻は気味が悪いと東北の実家に帰ってたんだ。今朝も電話で実家にいると――」

 東北からここまでこんな時間で来れるはずがないと狼狽する東堂の答えに、御門と亨は見つめ合うと頷きあった。

 亨はジャケットのポケットから数枚の和紙を取り出すと、霊力を込めた。

「左が青龍は|万兵《まんぴょう》を避け

 右が白虎は不祥を避け

 |前《さき》が朱雀は|口舌《こうぜつ》を避け

 後が玄武は万鬼を避くる

 前後を扶翼す、|乾坤元亨利貞《げんこんげんこうりてい》|急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》」

 亨の清浄な声が響くと、札は次々に亨の手を離れ、空中に浮いたまま固定された。

「もったいねぇ……護符高いのによぉ」

「緊急時です。これも経費のうちですよ」

 こんな事態なのに金のことを考えてる御門に苛つきながら、亨が睨むと、御門は観念したように溜息をついた。

「奥さんも・ど・き・と鎧通しの周りに結界を張った。危ないから離れてな」

 東堂を押し退け前に出ると、御門は胸の前で手を合わせた。

「諸々禍事罪穢つみけがれを祓い給ひ清め給ふたまえきよめたもうと申す事の由を天つ神地つ神あまつかみくにつかみ八百万やおよろず神達共に聞食きこしめ畏み畏みかしこみかしこみも白もうす」

 御門が祓詞はらえのことばを唱えると、御門の体から巨大な狼が姿を現した。

『祓詞を省略するなといつも言っているだろうに』

 何度目のやり取りか、よく飽きないなと御門は肩をすくめると結界を指さした。

 真神が見つめると、そこには付喪神を宿した鎧通しから、何人もの人間が肉塊になって固められたような赤黒い物体が黒い靄もやと共に浮かび出てきた。

「こりゃ中々の上モノだねぇ」

 御門が舌なめずりで付喪神ツクモガミを見ると、真神は一歩前に歩み出た。

「結界解除します!」

 亨はそう言うと結んだ印を解いた。すると結界が音を立てて弾け飛ぶのが早いか、真神は付喪神に喰らい付くと、瞬く間に付喪神は真神の腹の中に納られた。

「相変わらずすごいですね、御門さんの式神――」

 満足気に毛繕いをする真神を見て、亨は溜息を漏らした。

 亨は幸いにも真神の正体を知らず、犬の式神だと信じ込んでいた。

 自分の式神は付喪神相手にここまで圧倒的な強さを見せる事はない。まったく、全てにおいて勝つ事ができない人なのだ。大和御門と言う男は。

「今回の付喪神は中々やばかったわけですよ」

 見積書を見せながら御門は東堂と向かい合って座っていた。

「あんたから見りゃあっちゅー間に祓い終えたかもしれないけど、あいつはあんたを刺し殺すために奥さんの幻覚迄見せる位には霊格が高い奴だったって言うね」

「し――しかし調査に2日、祓いに1日の見積りだろ。2日は仕事をしてないんだからその分は払わなくていいんじゃないか」

「えー?そんなこと言っちゃう?付喪神戻そうか?俺以外祓えないけど」

 御門は切れ長の目を細めて東堂を見た。腹黒い。亨は隣で黙って座っていた。

 金と食い物が絡んだ御門は何を言っても無駄なのだ。好きにさせよう。

 御門の脅しが効いたのか、東堂はぐぬぬと顔を真っ赤にした。

「では一日」

「いーや、二日だ」

 東堂の提案に間髪を入れずに御門は答える。

「よーく考えてよ。あの付喪神はあんたを狙ってたんだ。だからわざわざ裏庭にあんたをおびき出して奥さんの幻覚迄見せたわけよ。俺たちの到着が一日遅かったらあんたは死んでたわけよ。――金で命が買えたと思えば50万くらい安いもんじゃないの?」

 王手だった。

 東堂は観念して支払いを承認した。

「まぁ明日も残って後始末してやるから安心しろよ。この家、付喪神に寄せられて集まった悪霊がわんさかいるぜ。このままじゃあんた1年で死ぬよ」

 御門は大層意地の悪い笑顔で東堂と握手を交わした。

 ――最初から言えばいいのに。

 亨は御門の笑顔を見ながら溜息をついた。

 翌日、周囲の悪霊を全て喰らった御門は満足したのか、車に乗り込むとすぐに眠りに落ちた。

 亨は、家の雰囲気が変わったと喜ぶ東堂と共に、庭や玄関を回り槐えんじゅの数珠から珠を引き抜いてはおいて回った。

「これは魔除けのおまじないです。これ以上悪いものが入ってこないように、帰ってきた奥様も守れるようにしてます」

 霊力の紐で繋がれた数珠は、珠を引き抜くと簡単に取り外せる。

 この槐は霊力の高い土地で育った特別な木を、呪具師が一つ一つ珠を削り出して作った特別なものだった。

 後で御門さんに請求しよう。

 亨は感謝の言葉が尽きない東堂に頭を下げると、車に乗り込み発進させた。

 隣ではやたら綺麗な寝顔で眠りこけている男が気持ちよさげに寝息を立てている。

 次こそは、もっと役に立たないと。

 亨は決意を新たに、ハンドルを強く握りしめた。

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